20030616 電車風景
ガタン ゴトン カタン ゴトン カタッ カタッ
電車に乗って、アクセサリーパーツの買い付けに行く。
電車に座っていると、急に空白の時間が生まれて、
一気に周りの風景が見えてくる。
もう一生会わないかもしれない様々な人々の一瞬をかいま見る。
ー行きの電車の中でー
隣に座った女の子が鞄から出したMDプレイヤーに、スティッチのステッカーがたくさん貼られていた。おぉっ仲間がっ、と嬉しくなって、同じスティッチのステッカーが貼られた私の携帯電話を何気なく膝に置き、スティッチのキーチェーンも見えるようにして、「気付かないかなー気付かないかなー」と思ってた。気付いたかなぁ..。
「宗教民俗への招待」という文庫本を読んでいる女性の横に立っている中年男性、そぅっと近付いて、そぅっと覗き込んでいた。気付いてるってば(笑
駅でドアが開くと、後ろのおじさんが駅員さんを呼ぶ。「すいません、反対側に鞄がはさまっちゃってるんですけど」。周りの人々の、「あぁ〜あ」という心のつぶやきが大音量で聞こえるようだ。「わかりました。次の駅で対応しますので乗っていてください。」との答え。そのまま待たされること数分。どんどん人が乗ってきて混んでくる。やっとドアが閉まり、動きだすと、アナウンスが流れる。「お客さまのお荷物が挟まってしまったため遅れが出ましたことをお詫び致します。」理由が解らない人には当然のこのアナウンス、同じ両に乗っている人にとっては自分のことのようで恥ずかしくてたまらない。見せしめのように何度も流れるアナウンス。「ほぉ〜〜っ自分じゃなくてヨカッタ〜〜」の心の声、またしてもあちこちで聞こえる。
それにしても最近の子供のスタイルの良さといったら!
頭がきゅぃーんと小さくて、足がホソリ、ぎゅぃーんと長くて。
(中学、高校くらいになったらだんだん平均に近付くんだろうか。)
でももしこれから成長する今の子供達が、
平均的に美しくスタイルも良くなるのだとしたら、
色々な価値観がまた変わるのかもしれない。
今の日本の「美」の価値観を小さい頃から意識して大きくなるけれど、
成長した頃にはその「美」の価値観はまた移り変わっているのかも。
新お茶の水の駅の、長い長いエスカレーター...
地下都市に降りていくみたいに、クラッとするほど長いエスカレーター。
子供の頃、母親と松戸まで歯医者のサエキケンゾウ先生の所に通ったのを思い出す。
いつもここで乗り換えていたような気がする。
そういえば母親は歯医者が大嫌いで、電車の中でいつもぶつぶつ自分を勇気づけていた。
ー帰りの電車の中でー
隣のちょっとふくよかなおじさんは本を読みながら、ずっと口をくちゃくちゃさせていて、それがガムのような軽い噛み方ではないので気になってチラッとみると、ひっきりなしにグリコのキャラメルを次に次に口に放り入れていた。それがちょっと異様で、反対側のおじさんもチラチラ見ていた。
やはり文庫本を読んでいるサラリーマンが目の前にいる。パッと目に入るネクタイの柄が可愛くて、うれしくなる。リスがたくさん、何かをハムハムしている柄...。それにしてもいつから人は電車の中で文字を読めるようになるんだろう?みんな狭い中文庫本とか新聞とかを拡げて、よく酔わないなぁ..と不思議でしょうがない。毎日通勤をするようになる頃から、時間を有効に使うためだんだんと適応していくのだろうか。